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Column

コラム

Pickup Creators

2021.06.08

Vol.10

WEB制作の担い手が明かす、価値ある会社の築き方

一緒にいて思うんですよ、奥田は死ぬほどお客さまのことを
考えているなって(坂口)
続けることが生まれ育った神戸への恩返しだと思っています(奥田)

ウィルスタイル 坂口浩介 奥田峰夫

|プロローグ

 

神戸・大阪を中心にホームページ制作を行うウィルスタイル。「神戸のWEB制作」とインターネットで検索すれば最上位に表れる会社は、少数精鋭で数多くの信頼と実績を築いてきました。起業の経緯、採用の方針、会社の決まりごとはどのようなものか。代表取締役の坂口浩介さんと取締役CTO(最高技術責任者)の奥田峰夫さんの軸にあるのは“コツコツ”という合い言葉でした。


|ふたりの始まり

ー坂口さんがウィルスタイルを起業した経緯を教えてください。

坂口:起業前はサラリーマンで営業の仕事をしていましたが、35歳で独立することは漠然と決めていました。勤めていた会社にWEB制作を手がけるサービスがあったものの、デザインはテンプレートでだったし、営業職は仕事を取るまでが仕事だから作る内容は任せるしかない。でも、クライアントにヒアリングして自分が提案したものとは違う内容で納品されていることも多くて、それがすごく悲しくて。「いいものをつくりたい」という気持ちがずっとあったから、ウィルスタイルを起業することにしました。その後、ウィルスタイルとしての形は継続しつつ、知り合いのWEB制作会社の事務所を間借りしてお世話になっていた時期が2年間あって、奥田とはその会社で出会いました。

奥田:僕は26歳までフリーターで音楽活動を真剣に続けていて、バンドのホームページやフライヤーを独学で作っていました。WEB制作の仕事を知ったのはその頃です。バンドは鳴かず飛ばずで仕事を探すことになり、アルバイトでWEB制作の仕事を経験してから、坂口さんが間借りで働いていた会社にフロントエンドエンジニアとして就職しました。

坂口:示し合わせたわけでもないのに、その会社に入った日も退職した日も奥田とたまたま同じなんですよ。どちらも神戸に住んでいたから親近感が湧いて食事に誘ったりして。奥田は入社して間もない頃から職場に対して的確な意見を持っていて、会社や仕事に対する価値観が僕と似ていた。

奥田:僕も「いいものをつくりたい」という意識が高かったんです。会社をよりよくしていかないといい仕事は来ない、と考えていたから「組織を変えたいんです」と坂口さんによく話していました。経営者に近い営業の方なので、トップに伝わるんじゃないかという期待も少しあって。

坂口:でも、会社は会社で優先すべきことや事情があるから思うようには変わらなかった。会社のやり方が悪かったわけではなくて、僕らの価値観とは違っただけのこと。その会社をお互い離れることになり、辞めた後に奥田を自分の会社に誘っていいか会社の代表に訊いてから連絡しました。奥田はすでに転職先が決まっていましたが、転職後しばらくしてから「やっぱり一緒に働きたいです」と連絡をくれて、ふたりの体制になりました。

ーおふたりになってからのウィルスタイルはいかがでしたか?

坂口:ディレクターとセールスの僕と、デザインとコーディングの奥田。楽しくて仕方なかったですね。一緒にいて思うんですよ、奥田は死ぬほどお客さまのことを考えているなって。デザインの修正依頼があった時も、我をとおさずにすんなり受け入れる。ディレクターからすると仕事がしやすい。だからこそ、修正が出ないように僕がクライアントとの折衝で努力する。そうやっていい関係で制作を続けていたらコンペでも負けなしで、ウィルスタイルに今までなかった仕事の形が生まれました。単純に楽しいことがやりたくて起業して世の中に貢献できたから、仕事と遊びの境目がわからなくなってしまって。3年くらい休みなしで仕事をしていたように思います。

奥田:してましたね(笑)。僕はウィルスタイルに入るまでエンジニアだったから、坂口さんに「デザインもできるやろ?」と言われて最初は苦労しましたけど、すごく面白くて。それまでは人がデザインしたものに対してあまり物言えぬ立場でしたけど、自分でデザインも細かく調節できてお客さまもよろこんでくださるから、とにかくうれしかったです。能動的に仕事をしているからストレスもなく、人に必要とされることが楽しく働くエネルギーに変わっていました。

 

|価値観の近い人と出会う

 

ー坂口さんと奥田さんの間で、特に話し合って決めた会社の方針はありますか?

奥田:僕が入って2年目くらいの時に「神戸のWEB制作会社」とインターネットで検索したら一番上位に表示されるようにしよう、と目標を立てました。達成すれば、仕事も増えて認知度も上がって神戸で一番のWEB制作会社になれるんじゃないか、と。自社サイトをリニューアルして、業界の専門的な情報をテーマにしたブログを僕が書いていくことでSNSでもバズる記事が生まれ、予定よりも早く目標を達成しました。前はまったくなかった自社サイトからの問い合わせがどんどん増えていきました。

坂口:以前は新規ですと顧客営業からのご依頼がメインでしたが、今はご紹介を除けばほぼWEBサイトからのご依頼ですね。ウィルスタイルが仕事において大切にしていることを理解いただいたうえでお話するほうが、お互いに楽なんです。僕らがいくらこだわって仕事をしても、その価値が認められなければ意味がない。価値観が近しいお客さまと出会えるスタイルを確立してからは、業績も付いてくるようになりました。

ーおふたりの間で目標やビジョンを随時共有してきたんですね。

坂口:僕と奥田はツーカーなところがあって、言わずとも判断が一致することがよくあります。ただ、僕のほうが石橋を叩く慎重なタイプなので、奥田が背中を押してくれるケースが多いですね。スタッフの採用活動に関しては求人サイトを利用せずに自社サイトのエントリーのみで完結させようと話し合って、そのやり方で昨年は2名、今年は4名、業界未経験の新卒を採用しました。奥田と僕とで採用の意見が分かれることはほぼありません。

ー発信力のある奥田さんのTwitterアカウントを通じて採用に至った方もいると聞きました。

坂口:ありがたいことに応募者の多くは、あらゆる手段を使ってウィルスタイルのことを調べて来てくれるんです。僕らも学生のことが知りたいから、どれだけ忙しくても2時間はそれぞれ面接します。採用までに3、4回会って、食事をしながら話してじっくり向き合って一緒に働きたい人を探す。採用人数を予定より増やしてもいいか僕が悩んでも「何とかなりますよ」と奥田が言ってくれるから、会社はいい方向に進みます。

ー組織として、ウィルスタイルの今後についてどのように考えていますか?

坂口:奥田が入って4年ほど経った時に、僕が会社を離れてもウィルスタイルが続いていくといいなと思いました。オーナーや経営者は人材を使う感覚がつきまとうものだけど、今は一緒に経営のリスクを背負ってくれる人がいるからその感覚が薄れてきた。会社を皆で利用できるものにしよう、と意識が変わったんです。スタッフは会社に使われるんじゃなくて会社を使ってもらいたいから、キャリアアップのための独立もポジティブに捉えています。その一方で、ずっとこの会社で働きたいと思ってもらえる価値を僕らはつくり続けていきたい。奥田は僕より15歳若いから会社の未来を任せたい気持ちがありますし、その時にナンバーフォーくらいまで揃っていたらきっといい会社になる。いい人材を集めるためには、会社の価値を上げるしかありません。今はそのスパイラルの入り口に立っています。


|コツコツは裏切らない

 

ー過去の制作事例を拝見すると、企業のホームページや採用のWEBサイトが多い印象がありました。

奥田:ジャンルは多岐に渡りますが、コーポレートサイトが中心です。それと昔から、毎年1件は必ず、神戸市に関わるような公共性のあるお仕事のご依頼をお受けさせていただこうと決めています。続けることが、生まれ育った神戸への恩返しだと思っています。

神戸北野ハンター迎賓館のホームページ。奥田さんはウェブデザインとサイト構築を担当。和のイメージを意識した縦書きやタイポグラフィが特徴的。

https://kitano-hunter.co.jp/

奥田:こちらは2020年の仕事で、「神戸北野ハンター迎賓館」という結婚式場のサイトリニューアルを手がけました。130年の歴史を持つ和の異人館で、サイトをご覧になる方に伝わるように和のイメージを随所に入れています。神戸の異人館での式というと洋装のドレスを想像する人が多いと思いますが、庭園もチャペルもあるので人前式は和装と洋装から選ぶことができます。撮影と打ち合わせで伺った際は趣ある建物と庭園の美しさに感銘を受けて、僕もこちらで挙式すればよかったと思うほどでした。

坂口:僕らは必ず現地を拝見していて、デザイナーも取材や打ち合わせには同席することを決まりにしています。お客さまのことを知る時間がなければいいものはできないと思っているので、どんなに大きな企業でも代表の方のお話は聞かせていただきたい。制作において必要不可欠なものは“いいコミュニケーション”なんです。

奥田:一般的には、クライアントの方がデザイナーに会うことはあまりありません。ディレクターが打ち合わせして、その内容をデザイナーに伝えて制作してもらって、そのデザインをクライアントに持って行く。でも、デザイナーが同席していればイメージの相違がより少なくなるから、修正が減って効率的になると考えています。デザイナーが写真データを受け取ってイメージだけで現場を見るのではなく、現場の空気だとかどんな人が働いているのかを感じ取れることは、デザインするうえで大きなメリットになります。

ー会社全体での決まりごとはほかにありますか?

坂口:お客さまが来社されたら立ち上がって皆で挨拶するとか、建物の玄関先までご案内して見えなくなるまでお見送りするとか、古風なこともルーティンでしています。お礼メールは次の日までには送るといった当たり前なことをコツコツ続けるのは、会社全体で大切にしていますね。制作後の保守の部分も請け負っていて、問い合わせに対するレスポンスは早く行うよう心がけています。クライアントによろこんでもらうのが僕らの仕事ですが、よろこぶポイントを細かく狙いにいかないと「ありがとう」とは言ってもらえません。対お客さま、対人間の仕事なので、制作物の出来だけで感動を与えるのは限界があるんですよね。セールスやディレクションでの人間力を全員で上げながら、質の高いクリエイティブが組み合わさる。それがウィルスタイルにとって一番理想的な形です。「コツコツは裏切らへんなぁ」って、日頃から奥田とも念仏のように唱えていますよ。

 

|遠くても会いに行く

 

ー経営する立場の意識として変わってきた部分はありますか?

坂口:伺って打ち合わせするのもきびしいので、遠方の方からのご依頼は断ると決めていましたが、ご縁あってここ数年は和歌山県南部にある新宮市のお仕事をよく受けています。神戸からは片道5時間もかかる距離にあるんですよ。

奥田:2018年に新宮市にある「倉谷建築」という工務店の方が、この事務所に飛び込みで来られたことがキッカケでした。代表の奥様のご実家が兵庫県で神戸にもゆかりがあるらしく、ウィルスタイルのホームページを見て響くものがあって来られたようで。滅多にないことなのでおどろいて、事務所にいなかった坂口に急いで電話しました。

坂口:お会いしてお話を伺ったら新宮に対する地元愛がとても強い方で、工務店のWEBサイトのご相談に来られたのに、気づけば新宮市を盛り上げるための熱い話をされていて。最後に「いつでも神戸に来ます」って言われたんです。かなり悩みましたが、引き受けることにしました。奥田と新宮に行って案内いただいたらすごくいい町で、今では第二の故郷と思えるくらい大好きです。熊野古道の入り口があって豊かな自然にも囲まれていて、「陸の孤島」と呼ばれるような町のコンパクトさも面白い。

倉谷建築のホームページ。地元熊野で育まれた紀州材の温もりや、心の込もった伝統的な家づくりの魅力が伝わる。

https://kuratani-kenchiku.co.jp/

 

奥田:神戸に帰る道中にはやっぱり遠いと思いますが、また行きたくなるんですよね。完成したWEBサイトをご覧になった新宮市の方々が「ウチのもつくって!」と依頼してくださって、これまでに葬儀の会社のホームページや保険代理の会社の採用サイトも制作しました。今度は老舗のうなぎ屋さんのWEBサイトを制作する予定です。

Asuka Funeral Supplyのホームページ。70年以上に渡って「人と人とがつながる儀礼文化の継承」を地域で支えてきた葬儀社。

https://asukafuneralsupply.co.jp/

 

ー遠方でもチャレンジすることで、新たな顧客とのつながりが生まれたんですね。

坂口:仕事を依頼いただいた方が「新宮に若い人が戻って来ても仕事ができるように、町を活性化させたい」とおっしゃっていて、僕らにとって神戸に対する地元愛を思い出す機会にもなりました。今は会わずにオンラインで仕事を始めたり、メールと電話だけで済ませる人もいますが、直接的なコミュニケーションがまずあってから使う方法だと考えています。僕らはUIデザインだったりデジタルなことを考えているけど、現地に行ってお会いするのは今もアナログなんですよね。一緒に働きたい人と働く。知りたい会社のことを知る。会いたい人に会う。いいものをつくるためにやりたいことしかしない、という考えを変えないことで、僕らの会社の価値をつくり続けていきたいです。

ー最後に、神戸の好きな場所を教えてください。

坂口:旧居留地です。昔からウィルスタイルの事務所があるこの辺りが好きです。お店は変わるけど、街自体は変わらずに歴史ある建物や神戸らしさが残っているから。住みやすさで考えたら、神戸に住むとほかで住めません。

奥田:須磨の海沿いを車で走るのが好きです。それとモザイクの辺りを夜景を観ながら歩くのも気持ちいいですね。