2020.07.30
Vol. 02
やりやすくなるんだったら、そこは惜しみなく汗をかきます(和田)
デザインヒーロー 和田武大
彼を知る人の間では、「ヒーロー」ともあだ名される和田武大さん。あるイベントの準備を参加者だった和田さんがさり気なく手伝ったときに、「困ったときに現れる、ヒーローみたいですね」と言われたことが、屋号のきっかけになっているそう。
「自分でヒーローを名乗るのってハードルあるので、すごく迷いましたけどね」と笑う和田さんですが、その日々の活動を聞いていけば、ほんとにヒーロー!? と思わされる瞬間がいくども。
デザイナーがいかにヒーローでいられるのか、そんな話をどうぞ。
―デザインにもいろんな仕事がありますけど、和田さんにとって大きな柱は何でしょう。
和田:行政やNPO、福祉や防災関係の相談ごとは多いですね。
―昨年度、神戸市の案件をいちばん手がけた人じゃないかという噂も聞きましたよ。
和田:そうなんですか(笑)。神戸市の案件ってめちゃくちゃたくさんありますし、声をかけられても見積もり合わせで負けることが多々あったので、実際のところはわかりませんけど。
―行政関係のデザインをはじめたキッカケってどこからでしょう。
和田:神戸市がデザイン都市認定を受けた頃に、たくさん神戸市の公募案件が発生したときがあって。
―デザイン都市の認定は2008年ですね。
和田:はい、その頃です。ちょうど須磨海岸の迷惑防止条例が制定されて、そのPRのデザインを指名コンペで受けたんですよ。どんちゃん騒ぎはダメ、花火はダメ、みたいなことなんですけど、禁止事項ばっかりのポスターが街にあるのはイヤやなと思って、あえてポジティブなビジュアルにして、禁止事項は下に小さく入れるデザインにしたんですね。
―それが初の行政仕事。
和田:そうです。そしたら、そのポスターが部署を越えて少し広まって。「あれ、つくったの誰?」みたいな形で。
―禁止ポスターというお題をポジティブに変換したのがよかったんですね、きっと。
和田:だと思います。それ以降もそういうことはすごく多いですよ。役所から提供された言葉ではまったく市民に伝わらない感じがするので、こっちでキャッチコピーを考えてみたり、市民参加を促すチラシなのにその参加の流れがよくわからないので、手順図をつくって入れたり。
―行政からの提供物そのままではなく、踏み込んで対応していると。
和田:それがいいのか、悪いのかという自問はありつつ、行政の仕組み上、そうせざるを得ないかなと思ってます。
―どういうことでしょう。
和田:具体的な例で言うと、行政の担当者からの依頼は前年度の制作物をちょっとだけ変えたいという程度だとしても、デザイナーとして伝わりやすくするために、「もっとこうすれば」という提案をするんですけど、担当者の方も上司や前例などの間に挟まれる立場なのでうまくいかないこともあります。でも、すぐによりよくすることは難しくても、積極的に提案することは無駄ではないと思っています。
―行政案件だからといってあきらめるのではなく、かといって正解を貫くのでもなく。
和田:できる範囲で。とはいえ、制作予算は決まってるものなので、落としどころを考えつつ…。“お値段以上”という感じになってるので、ほんま、やりすぎるのは反省してるんですけど、安かろう悪かろうで、半端なチラシができて市民にも全然届かないということの方がよくないと思うので。
―予算以上のことをやって、それが前例になるのもまずい。
和田:そうなんです。ただ、行政の仕事を受けはじめた当初から比べると、自分なりのスタイルでうまくやれるようになってきたとは思います。
―和田さんなりの仕事のスタイルって、たとえばどんなやり方でしょう。
和田:僕を紹介してもらうときは、「できごと系だったら和田くんがいいんじゃない?」って言われて訪ねてこられることが多いですね。
―できごと系というと?
和田:なんだろう、自分では「汗をかくデザイナー」って言ってたりもします。たとえば、チラシやポスターをつくる案件でも、それを配布先に郵送する際につける送付書もちょっとデザインして、手紙っぽく仕上げるだけでも、受け取った人の気持ちが違ってくると思うので、頼まれてないところまでデザインしてしまう。
―送付書のことなんて必ずやらなければいけないことではない、いってみれば仕事じゃない部分も動いてると。
和田:そうですね。大枠の予算で動いてる場合は、予算内で封筒をデザインするところまでやってみたりとか。いろいろ小道具も使っていて、よくやるのでいえば缶バッチ。缶バッチをめっちゃつくります。
―オリジナルの缶バッチをつくる?
和田:そうです。たとえば、ロゴを提案するプレゼンの時に、先にそのロゴを缶バッチにして、こっそり洋服につけておいて、プレゼンの流れのなかで「たとえば、こうやってみなさんで服につけて広めたりできますよね」と披露する(笑)。
―上手ですね(笑)。
和田:で、「みなさんの分もつくってきたのでどうぞ」って(笑)。そんなことをやっても缶バッチの制作費が予算に追加されたりはしないけど、一緒に仕事をするメンバーのテンションが上がってやりやすくなるんだったら、そこは惜しみなく汗をかきます。
―プレゼン上手というよりも、スムーズに進めるためですね。
和田:デザインに関係する環境を動かしてるところはあると思います。これだって、担当者に「いや、そんなんいりませんよ」って言われたら、ちょっと気持ちもヘコむけど、そこから話がふくらめば楽しくなって、またどんどん仕掛けて(笑)。
―きっと自分自身のエンジンにもなってるんですね。
和田:ガチャガチャのマシーンも持ってます、缶バッチをカプセルに入れて使えるので。
―事務所に今ありますか。
和田:テレワーク期間中なので、いまは自宅に。
―家で遊んでる?
和田:いえ、いま住んでるエリアに子どもが多いので、おやつの時間とかに公園にマシーンをかついでいくんです。あとは、子どもたちに絵を描いてきてもらって、それを缶バッチを自分でつくることを体験してもらったり。
―地域でのプロジェクトとかでもなく。
和田:完全にプライベートなやつです。毎朝、家の玄関ポストにクイズの問題を貼り出して、クイズラリーみたいに、それでガチャガチャを回せるというのもやってた時期があって、その頃は、うちの前で近所の男の子が朝からじっと待ってました(笑)。
―近所の子どもたちにはどういう存在なんでしょう。「和田くんのお父さん」という感じ?
和田:うちの子がまだ年長で、そのお父さんでもあるけど、たぶん「和田さん」として認識してくれてるかな。
―近所のおっちゃん。
和田:そう、僕の夢が「近所のおもろいおっちゃん」なんですよ。「親には言えないけど、初恋の相談ができる人」みたいになれたらなって。
―どこかヒーローにも通じますね。
和田:そうかも。ヒーローといっても正義の味方ではなくて、いつの時代にもヒーローはいるんです。僕にとっては、うちの親父だってヒーローであったり。自分もそういう存在になりたいですね。
デザインヒーロー=和田さんのキーカラーは黄色に定めている。
―それにしても、自治会だからとかではなく、ひとりのおっちゃんの立場で地域で動いてるのがいいですね。
和田:今年は、自治会の班長という役割なのですが、例えば、回覧板をまわすときでも、目に止まりやすいように中身をかいつまんだものを、黄色いA5サイズで1枚つくって挟んでおいたりして。
―さっき聞いた、デザイナー仕事とおんなじやり口ですね。
和田:ほんとに(笑)。同じ地区の約10世帯でLINEグループをつくってるんです。2年前の台風で大変だったときには避難所に行くタイミングを相談したり、今回のコロナの自粛期間では情報交換をしたり役立っています。
―しっかり街のために動いてますね。
和田:やっぱり自分の住んでる場所で子どもたちの思い出ができたらと思うから、毎年、流しそうめん、餅つき、ハロウィンなんかはやってます。だから、うちの倉庫には餅つき用のきねとうすがあって。
―ガチャガチャからきねとうすまで。和田のおっちゃん、地元でも目立ってそう。
和田:どうだろう。このテレワーク期間もそんなことばっかりしてたので、すっかり日焼けしました。公園焼け。
スタッフの堀さんが描いた、和田さんに似せたらくがき。トークイベント中に「しらんけど」を連発していたそう。
―コロナ禍のなかで地元でやってたことって、他になにかありますか。
和田:…コーヒーとかかな。もともとコーヒーを淹れるのが好きで、ワークショップの隅でコーヒーを淹れたりもしてたけど、テレワーク期間中は、家でちょっと多めに淹れたサーバー持って、近所でテレワーク中のお父さんを訪ねたりもしてました。
―コーヒーという武器もあるんですね。
和田:そこまで豆とかにこだわってるわけではないけど、店で買った豆をひいて、ハンドドリップで淹れて。自治会館でお年寄りに向けて淹れたりもしてます。
―地域のお年寄りにも。それも勝手に。
和田:勝手に(笑)。おいしいコーヒーがあると喜んでもらえるかなって。
―どんどん和田さんの立派な面が明らかになってきました(笑)。
和田:コーヒーはほんとに好きなので、事務所でも「ワダコーヒー」って言いながら、スタッフにも淹れてました。
―(奥で働くスタッフに)どうですか、ワダコーヒー?
スタッフ:おいしいです。ただ、今日はちょっと濃い目に淹れましたとか言われても、言われてみたらそうかなあ、という感じで。詳しくないんですけどね(笑)。
和田:それもコミュニケーションのひとつ、ということで(笑)。
和田さんの定番コーヒー店というのはなく、KIITO館内の[KIITO CAFE]、湊川の[テントコーヒー]、ポートアイランドの[LANDMADE]など、行った先々で豆を購入する。
和田さんは専門学校を卒業後、デザイン会社を2社渡り歩いた後にグラフィックデザイナーとして独立。その後、KIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)で開かれている数々の「+クリエイティブゼミ」に積極的に参加するうちに、グラフィックデザインの可能性に気づいた。
―KIITOでのゼミ体験を通して、和田さんの中でいろんなことが変化していった。
和田:最初はまったく自分ごとではなかったんですけど、気づけば、無意識に、ですね。
―KIITOのゼミは、さまざまな社会的課題にどう取り組むかというものが多く開かれています。
和田:単純に関わっていて楽しいという気持ちもありましたし、関わるうちに自分がデザイナーを志したベースの部分にも気づきました。
―どんなことでしょう。
和田:子どもの頃から友達の誕生日を祝うとか、彼女にプレゼントを渡すとか、コトをつくるのが大好きだったんです。なんとなく絵を描くのが好きだからデザイナーになったと思いこんでたいけど、そうじゃなかった。僕が学生だった頃は、佐藤可士和さんのSMAPのビジュアルみたいな誰もが知る大きな仕事に憧れてたけど、もっと身近で商店街の仕事をしたい、そんな価値観に変わってきた。
―かなり大きな変化ですね。
和田:そうです。半径数百メートル、数キロの世界を意識するようになりました。それが27−8歳の頃だと思います。
2016年からはKIITO内に事務所を構えている。
―KIITOのゼミ、そんなに面白いものでしたか。
和田:かなり時間はとられるけど、それ以上の価値が僕にはありました。それに、ゼミにクリエイターが交じっている方が、企画や最後のプレゼンが強度のあるものになるんですよ。社会課題を議論をしていると、どうしても真面目な方向にばかり進んでいくから。
―正しい答えを追求するのが第一になりそうですね。そこにクリエイター、デザイナーが入る意味があったと。
和田:そうなんです。ちょっとした雑談を交えることもそうだし、ファシリテーターとは名乗らずとも、議論の場でのふるまいひとつでアイデアの精度も変わってくると思うから。
―ディスカッションのデザインだ。
和田:自分にとっては、ゼミに参加することでそのテーマになっていることを調べたり、日頃のアンテナを張ってメンバーと共有したりってこともやれる。日頃なんとなく気になっている課題でも、ひとりだとそんなに向き合う時間が取れないので。
―KIITOのゼミが自分の動機になるんですね。
和田:はい。これまで30以上のゼミが開かれてきたと思うけど、僕はたぶん、半分は参加してると思います。
―KIITOゼミのベテラン(笑)。
―KIITOで2012年から2年ごとに行われている「ちびっこうべ」にもデザイナーとして参加されています。
和田:KIITOのゼミに参加し出した頃に声をかけてもらい参加することになりました。
―「ちびっこうべ」は、子どもだけが入れる街を子どもたちでつくるという体験プログラム。その街の店づくりのために、プロのシェフ、建築家、デザイナーが各10~15人ずつくらい参加しています。
和田:建築家とシェフは15人くらい集まってるのに、第1回の頃はまだデザイナーが5人だった。それで周りのデザイナーに声をかけていったら、最終的にはデザイナーが20人くらいいたかな(笑)。やってる現場を見せたら、面白がってくれて、輪が広がっていきました。自分にとってもパイプ役というのか、クリエイターを中間支援するようなポジションで汗をかくというのはすごく大きな経験でした。
―自然とその立場に。
和田:そうです。企画運営しているKIITOに一番近い外側の人として。
―あくまでも外側の人。企画、運営に関わるわけではなく。
和田:一部にそう誤解されてるみたいですけど(笑)、はい、あくまでも外部のいちデザイナーとして関わって。けど、前回(2018年)のイベント当日は、あちこちのフォローをしてまわってたら、KIITO館内だけで18キロくらい歩きまわってました。事務局が持ってるインカムを僕も付けさせてもらって。運営側の人だと誤解されても仕方ない(笑)。
―まさに汗をかくデザイナーですね。和田さんが「ちびっこうべ」に関わることで得たことは何でしょう。
和田:子どもたちに説明するときに、シェフや建築家に比べると、デザイナーってまったく理解されないんですよ。ロゴって何? チラシってなんのためにつくるの? って、子ども相手だと仕事の当たり前が通じないので、じゃあどうすればいいかという課題に関わるデザイナーみんなで向き合うことができたんです。その熱量、相乗効果はすごくて、結果的にプログラムも深まりました。
―デザイナー同士で協働する機会ってあまりないから、その経験は貴重ですね。そういえば、和田さんはJAGDA(公益社団法人 日本グラフィックデザイナー協会)の兵庫地区代表幹事でもあるとか。
和田:加入して6年くらいになります。デザイナー同士がつながるきっかけをつくっていけたらと思ってます。
―代表幹事というのは立候補なんですか。
和田:いえ、選挙です。今で2期目になります。2018年から「JAGDAフムフム」という勉強会もやったり、工場見学に行ったりとか会員のみなさんと企画しています。
―デザイナー同士で集まったり、横につながる意味を和田さんはどう考えてますか。
和田:それぞれに得意なことがあるし、知ってる印刷会社や技術も違ったりするので、そういう得意や情報を持ち寄れば、いい刺激になるかなと思ってます。
本棚の本はあえてジャンルごとにまとめず、バラバラにしておくスタイル。
―いろんな得意があるデザイナ―という中でいえば、和田さんの得意はあらためて何でしょう。
和田:うまく言葉にできてないけど、楽しくしてることかなと思います。関わる人たちのモチベーションを上げたり、担当者のテンションを上げたり…別の言葉で表現できればいいけど、うん、楽しくとしか言えない(笑)。
―アウトプットよりも過程の部分ですね。
和田:先日も地域活動のロゴをつくるという仕事のなかで、「じゃあ、地域の方を巻きこんでロゴをつくるワークショップしましょうよ」と提案して、みんなのアイデアをもとにブラッシュアップしていったものを納品しました。
―淡々と事務所でロゴをデザインして提案するだけに比べると、かなり手数がかかってます。
和田:そうですね。このやり方をよく思わない人もいると思いますけど、僕としては、よくわからないデザイナーがポンとつくったロゴが上から降ってくるよりも、誰か身近な人が関わって一緒につくったものというストーリーがあった方がいいなと思うんです。
―よく思わない人っていうのは、アウトプットがゆるくなるんじゃないかという懸念ですよね、きっと。
和田:だと思いますけど、関わる人を増やして巻きこんでいくことで、そのロゴが使われる後のことも思えば、最終的にはデザインが死なない、生きてくると思ってます。
―ありがとうございます。最後に仕事道具を拝見させてください。
文房具やガジェットがたくさん。ワークショップの機会も多いので、マスキングテープは必需品。和田さんのキーカラーは黄色で固定されているが、スタッフの色はその人ごとに決定され、スタッフの堀さんは緑。なお、名刺に使っているのは、きらめく粒子がちりばめられたドイツ・グムンド社の紙「リアクション」のスパークリングレモン。小口部分は自ら蛍光ペンで塗っている。